【社協だよりいずもvol.162 令和8年2月20日発行号掲載】
子どもから大人まで多世代が集える居場所「コネクトほーむ」代表。(令和8年2月現在)
「あの頃の私」が求めた居場所
「目の前が真っ暗でした。頼る人も、お金もなくて。生きるか死ぬか、そこまで迫っていました」。
幼少期をヤングケアラーとして過ごし、さらに20代から30代の15年間を両親の介護と仕事の両立に悩んできた井上さん。「あの頃の自分が行きたいと思える場所をつくりたい」と、令和6年5月、多世代が集える居場所「コネクトほーむ」を立ち上げました。
「コネクトほーむ」のコンセプトは、「人と人を結ぶ、人と社会を結ぶ、人と情報を結ぶ」こと。ヤングケアラー、不登校の子、ひきこもりがちな人、そして子育てや介護に悩む人など、さまざまな困りごとを抱える人を支える、「家族丸ごと支援」をめざしています。
立ち尽くすしかない現実から「光」へ

障がいのある父と病気の母を支える中で、井上さんは仕事との両立が限界に達しました。「仕事もできない、収入もない、人に頼ることもできないし、頼るお金もない。同じ境遇の人たちは、一体どうしているんだろう?とにかく同世代の人と話したい、その一心でした」と話します。
井上さんが葛藤し続けた15年間は、仕事、結婚、出産など人生の大きな選択をする時期。同じ悩みをもつ若年層が、思いを共有できる場を探そうと行政や病院、電話相談など、あらゆる窓口に問い合わせたそうです。しかし、当時は井上さんが求める場は見つかりませんでした。「もう真っ暗になりました。まず、社会の中で自分たちの存在が前提にされていない。どう生きていこうって、追い詰められました」と当時を振り返ります。
この状況から「ここまで来たら、ないなら作ろう!同じ境遇の人がゼロなわけない。だったら、やろう!」と決意。暗闇の中に光が灯った瞬間でした。
人生を懸けて、出会いを形に
紆余曲折しながら動き出した井上さん。周りに共感してくれる人がいる心強さを感じながらも、立ち上げには不安が。介護職の頃に語り場を開いたものの、「本当に悩む人には届かない」と痛感。「当時の勤務先のホールで開いていたんですが、どんなにアットホームな空間づくりをしても、長机に椅子という環境はプレッシャーを与えてしまうんです。『なにか話さなきゃ…』って。話したい時もあればそうでない時もある。なにもしなくてもいいっていう空気感は作れませんでした」と話します。
過去の経験から、居場所づくりの第一条件が「畳」に。「イメージしたのは『家』でした。そこに自分がいて、色んな人が訪ねて来て…みたいな。あとは、お話会や相談室ってハードルが高いけど、おいしいものがあれば人が集まってくれるかなって。そこから自分を知ってもらって、『この人なら話してみようかな』という気持ちにつながるといいなと考えてました」と思い描いたビジョンを語ります。
しかし、理想の居場所づくりへの道は平坦ではありませんでした。物件探しは難航。明確なビジョンを持ってから数年が経っていました。そんなある日、スマートフォンを見ていると、ある物件広告が表示。「気になる!と思って、すぐ不動産屋に相談しました。そしたら、担当の人が涙ぐんで話を聞いてくれて…。ご自分のお子さんのことで悩んでおられ、親身になってくださったんです」と奇跡的な出会いを思い返します。
雰囲気、アクセスともに理想的な場所。ただ、資金の高い壁が立ちはだかりました。「でも、『だから無理』じゃなくて『ここでできる方法を考えよう』という気持ちでした。金融機関やコンサルティング会社などに相談に回り、行く先々で心配もされました。それでも、どんな方法を取ってでも、この家との出会いを形にしたかったんです」と、まさに人生を懸けた挑戦でした。
社会に認められた必要性
こうした切実な思いと行動が、徐々に社会を動かすことに。居場所づくりにおいて、運営資金の確保は大きな課題でしたが、今年度、大きな転機がありました。採択率が2割に満たないと言われる中央共同募金会の助成※に、満額での採択が決定。「活動を始めて1年にも満たない私たちが、今の社会に必要だと認められた!と背中を押してもらえました」と喜びがあふれます。「ただ、資金の課題とは今後も向き合い続けないといけません。これが『コネクトほーむを応援したい』と目を向けてもらえるきっかけになるとうれしいです」と話します。
※居場所を失った人への支援活動応援助成
地域に溶け込むうれしい誤算
現在「コネクトほーむ」には、さまざまな人が訪れています。もともと、ヤングケアラーとその家族を想定していましたが、そうでない人が多数。支援を求める人や「来たよ~」と井上さんに会いに来る人、近所のみなさんが茶菓子を持ち寄ってお話を楽しまれることも。「地域の人が来てくれることが本当にうれしいです。オープン当初は周りから『誰が来るの?』という声もありましたが、蓋を開けてみてびっくり!どの日も誰かがいて、中には1日中ここで過ごす人もいます」と、うれしい誤算があったそうです。
運営する中で要望や意見もあるそうで、必要だと感じたことは見直しているという井上さん。ただ、揺るがない信念も。「全ての意見を取り入れると理想の場でなくなってしまう。基準は、あの頃の私が行きたいと思える場所であること。それは変わりません」と誰かの光であるための場所を守ります。
背中を押してくれる尊い姿
強い思いで「家」を守る井上さんを支えているのは、ここに来る人たちの声。「ここを作ってくれてありがとう」と涙ながらに伝えてくれる人、「今は働いていないけど、働けるようになったら自分もここをサポートしたい」と頼もしい言葉をくれる人。「この場所がその人を変えるきっかけになっていて、生きていく通過点になっているのがうれしい」と話します。また、中には泣いて抱きつき、「生きるのが辛い」と吐露する子も。「誰にも言えない感情を吐き出せる場所になっていると感じます。他にも、親御さんから『ここに来るようになって会話や笑顔が増えた』と聞くと『立ち上げてよかった』と心から感じます」と思いが込み上げます。
ここを必要とする人たちが、他の誰かのために動く姿に心打たれたことも。「1月に開催したフリーマーケットで、売上金を運営資金に充てることにしていたんです。ここに来る子も、SNSでそのフレーズを見て心配してくれて。『ここがなくなったら困る。自分にできることはある?』と、自分の居場所を守るために行動しようとしてくれたんです。他の子も、出品してくれたゲーム機が売れ残ると、『大変な状況にいる子に渡してほしい。一人でも多くの子に幸せになってほしいから』と言ってくれて。自分自身も複雑な家庭環境で過ごした経験から、同じ境遇の誰かへ思いを向ける姿が本当に尊いです」と、大切なエピソードを反芻します。
こうした姿を現場で共に見守る仲間と、ボランティアや専門知識で運営をサポートする人たちの存在が、今日の「コネクトほーむ」の心強い土台になっていると井上さんは話します。「私一人の力では、ここまで来ることはできませんでした。みなさんの存在があってこそ今があるんです」と、感謝を口にします。

揺るぎない信念が想いをつなぐ
「『コネクト』と名付けたのは、自分と支援を必要とする人、人と人、人と社会がつながる場にしたいという希望を込めて。それが今、理想から現実のものになっています。みんなの『家』となる居場所をつくろうと決意して、4年かかって今の形になりました。悩みは尽きませんが、怖さよりも足踏みしている状況から脱することができて、『やっとここまで来た。やるぞ!やらなきゃ!』という想いで進んでいます!」と、活動に懸ける想いがほとばしります。井上さんから手渡されたやさしさのバトンは、人と人、人と想いをつなぎ、大きな力に。今日も「コネクトほーむ」には、あたたかな光が灯っています。




